東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2578号 判決 1983年3月29日
控訴人 富里商事株式会社
右代表者代表取締役 ジョン・エフ・ホーン
右訴訟代理人弁護士 成富安信
同 青木俊文
同 中山慈夫
被控訴人 岩名博作
<ほか二五名>
右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 勝山勝弘
同 塚原英治
同 安原幸彦
同 小池通雄
同 山本政明
同 大川隆司
同 亀井時子
同 清水順子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人が負担とする。
事実
控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らを債権者とし、控訴人を債務者とする千葉地方裁判所佐倉支部昭和五四年(ヨ)第一〇二号冬期賞与仮払い請求仮処分申請事件につき同裁判所が同年一二月一九日にした仮処分決定及び同年(ヨ)第一一一号冬期賞与仮払い請求仮処分申請事件につき同裁判所が同年一二月二七日にした仮処分決定を、いずれも取消す。被控訴人らの本件各仮処分申請をいずれも却下する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、それをここに引用する。
一 原判決三枚目裏三行目の「債権者らは、」から同四行目末尾までを次のとおり改める。
「被控訴人ら(ただし、被控訴人岩崎育子、同井口透、同斉藤順子、同並木英二、同矢島ひろ子、同田崎睦美を除く)は、会社に雇用され、引き続き現在も成田インターナショナルホテルに勤務する者で、組合に加盟している。被控訴人岩崎育子、同井口透、同斉藤順子、同並木英二、同矢島ひろ子、同田崎睦美は、会社に雇用され成田インターナショナルホテルに勤務し、組合に加盟していた者であるが、原判決の言渡しがあった後に会社を退職した。」
原判決四枚目裏四行目に「歴日数」とあるのを「暦日数」と訂正し、同八枚目裏二行目から三行目にかけて「債権者らが組合に加盟していること」とあるのを「被控訴人らの組合加盟の点」と改める。
二 《証拠関係省略》
理由
一 本案前の主張について
当裁判所も、被控訴人らの本案前の主張は失当であると判断するものであって、その理由は、原判決理由説示(原判決一二枚目裏一一行目から同一三枚目表一一行目まで)と同一であるから、それを引用する。
二 申立の理由1の(一)の事実、同(二)のうち組合加盟の点を除くその余の事実及び2の(一)の事実は、当事者間に争いがない。
当事者間に争いがない前記事実並びに《証拠省略》によれば、次の事実を一応認めることができる。
1 昭和五四年九月四日、組合及び同ホテル支部連名による「組合結成並に役員の通知」と題する書面が会社に提出され、「成田インターナショナルホテルに働く従業員で組織する労働組合が……結成され、当労組に支部として加盟致しました。」旨通知され、同月六日には、前同様の連名で団体交渉の要求がされたが、会社は、組合ホテル支部の結成、組合への加盟等につき疑義があるとして団交には全く応じなかった。
2 次いで同年一一月一六日、組合は会社に対し、「一九七九年度、年末一時金他関連要求について」と題する書面を提出し、その中で、年末一時金として基礎額×四ヶ月+一律三万八、〇〇〇円を要求した。
3 右要求に対し会社は、同年同月二二日、細則の支給日のみを一二月一〇日に変更した「昭和五四年度冬期賞与支給について」と題する書面を各部署長宛に配布し、従業員に対しては、各部署長を通じてその内容を周知させるとともに、組合から細則の内容を上廻る賞与の要求がされており、従業員の誰が組合員であるか判明しなかったため、「昭和五四年度冬期賞与について既に発表された内容による会社の支給額に同意し、これに対し一切異議を申しません。」との同意書の提出を求めることとし、同意書の提出のあった従業員に対してのみ細則の内容に従って算出された冬期賞与を支給することとした。被控訴人らは、同意書の提出を拒否したが、他の従業員らはこれを提出し、右の冬期賞与の支給を受けた。
4 昭和五五年四月ころ、成田インターナショナルホテル従業員組合が結成されたため、昭和五五年度以降の賞与の支給については、会社は、従前の「細則」の発表をやめ、同組合と労働協約を締結し、同組合に加入していない従業員に対しては同意書の提出を求めて賞与を支給している。
三 ところで、労働条件を定型的に定めた就業規則は、使用者と労働者との間の労働条件はその就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして個々の労働契約の内容になるものということができる。そして、使用者の定める就業規則の具体的内容が既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課するようなものである場合はともかく、そうでない場合には、当該事業場の労働者は、それに対し個別的に同意を与えたかどうかを問わず、その内容が当然に労働契約の内容になるものと解される。本件においては、細則が就業規則の一部であることは当事者間に争いのないところであって、細則の定めが従業員の既得の権利を奪い、従業員に不利益な労働条件を一方的に課するものであるという点についてはなんら主張がないのであるから、細則は、昭和五四年五月発表された時点で全従業員の個々の労働契約の内容となっているものというべきであり、細則に基づく冬期賞与請求権は、細則にその算出方法が明記されていることは前記のとおり当事者間に争いのないところであり、これに基づいて個々の労働者の具体的な金額が算出されるものであるから、期限つきではあるが、具体的な請求権として発生しているものというべきである。
控訴人は、昭和五四年一一月一六日組合が会社に対し細則の内容を上廻る冬期賞与の要求を出したことをもって、細則に反対の意思表示をしたものであるから、被控訴人らには細則の適用はあり得ないと主張するが、細則が発表された時点でその内容が全従業員の個々の労働契約の内容となっていることは叙上のとおりであるから、右組合の要求は、いったん労働契約の内容となっている冬期賞与の改訂を求めるものと解するのが相当であり、会社と同組合との交渉の結果、その点について労働協約が締結されれば、その内容が細則の内容よりも労働者に有利であるときは、労働協約の規範的効力により協約に定める冬期賞与請求権が発生するにすぎず、協約が成立しないときには既に被控訴人らが取得している冬期賞与請求権にはなんら消長をきたさないものというべきである。
そのほか、控訴人は被控訴人らには細則の適用がなく、これを根拠に冬期賞与請求権が発生することはないと主張するが、右に説示したところで明らかなとおり、所論はいずれも採用の限りでない。
四 申立の理由2の(四)の事実は、当事者間に争いがない。したがって、被控訴人らは控訴人に対し、昭和五四年度冬期賞与として原判決添付別紙債権目録記載の金員の請求権を有するものというべきである。
五 被控訴人らが会社から支給される賃金を唯一の生活の資とする労働者であることは弁論の全趣旨により明らかであり、《証拠省略》によれば、被控訴人らの賃金は近隣における同一業種の労働者の賃金あるいは同一年齢の一般労働者の賃金に比して格別高いとはいえないものであり、《証拠省略》によれば、被控訴人らが賞与の支給あることを前提として月々の生計を立てていることが窺われるから、被控訴人らは毎月の賃金を受けているとはいえ、本件冬期賞与が昭和五四年五月に発表されていることをも併せ考慮すれば、本件冬期賞与の支給を受けられないことにより、その生活が困窮し、著しい損害を被る恐れがあるといえないことはなく、これに反する《証拠省略》は前掲各証拠に対比するときはたやすく信用できず、他に右認定を覆えすに足りる疎明はない。したがって、被控訴人らにおいて本件仮処分を求める必要性があるものというべきである。
六 よって、被控訴人らの仮処分申請を認容した本件仮処分決定は相当であり、これを認可した原判決は結局正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 山田忠治 磯部喬)